尾州、公方に似たり

◎宗春を公方に推す落書
 学術論文から小説までいろいろな宗春関連の著作で、吉宗と張り合った宗春が庶民に人気があった、として引用される落書だ。かくいう筆者も使わせてもらった。良くできていて面白いのだ。

天下、町人に似たり。
尾州、公方に似たり。
水戸、武士に似たり。
紀州、乞食に似たり。

 吉宗は米の相場に手を突っ込むから商人に似ていて、鷹揚に規制をなくした宗春は将軍の器量がある。水戸は武士に似ている。藩札を使って借金する紀州は乞食に似ている、という。町人、乞食に擬せられた将軍と紀州は堪らないだろうが、武士に「似たり」というのも皮肉になっている。ただ一人、尾州=宗春だけ評価が高い。

 これは、似ているものを挙げ連ねた似たり寄ったりという落書だという。落書とは落とし文ともいい、公然と批判できないから道に落として町の噂にして世論を作ろうという目的がある。今ならBBSにあたるだろう。ところがこの落書の載る史料が見当たらない。

◎レファレンス対応比較
 「元文世説雑録」「享保世話」「続談海」を探しても載っていないので、他の文献を公立図書館で教えてもらうことにした。以下、各図書館レファレンスの対応。
・東京都立図書館:東京に関係がない、と門前払いだった。天下とは徳川将軍のことなのに…。
・岐阜県図書館:他の史料をあげ、一応見たが見当たらず。
・愛知県図書館:かなり時間がかかったが見当たらず。なかったという結果は立派な成果だ。調査の労力を想うと感謝があるのみ。以下に転載する。

◎愛知県図書館からの回答
 回答が遅くなり申し訳ありません。
 メールフォームでお問い合わせいただいた件について、調査した結果は下記のとおりです。
 
 ご質問の「天下、町人に似たり。尾州、公方に似たり。水戸、武士に似たり。紀州、乞食に似たり。」という落書ですが、資料1の辞典及び江戸時代の落書・落首等を収集した資料2には収録されておらず、資料4~7のような落書について書かれたものでも取り上げられていませんでした(この他に資料20等がありますが、当館では未所蔵のため確認できていません)。
 また、この時代(享保~元文頃)の江戸の市井の巷談、あるいは各地の異聞雑説を編集したもので、狂歌や落書等も多数拾われている(大半は資料2に収録されているようですが)資料8~10や、江戸の市井の出来事が纏められている資料10等も念の為に確認しましたがやはり見つかりませんでした。
そこで、この落書を引用している文献があれば出典の情報があるのではないかと、資料11~19等、この時代及び徳川吉宗、徳川宗春についての資料を確認してみましたが、この落書の引用はありませんでした。これらの資料では、同じ資料の中でも落書の引用には出典のあるものとないものが混在しており、似たものとして「公方様は乞食に似たり、尾張は天下に似たり」という落書の紹介は見つかりましたが(資料11)、出典はありませんでした。なお、同時代の他の落書類の出典としてよく出ていたものの中に資料8~9がありましたが、それ以上に資料2からという引用も多いようでした。
 その他、この落書はインターネット上でも徳川宗春についての記事等でよく引用されているようですが、出典を掲載しているところは見当たりませんでした。

資料1『落首辞典』鈴木棠三/編(東京堂出版1982.9)
資料2『江戸時代落書類聚上巻』、『〃中巻』、『〃下巻』矢島隆教/編、鈴木棠三、岡田哲/校訂(東京堂出版1984.5)B917/ヤ/1-1~3(享保~元文の頃のものは主に上巻に収録)
※大正4年に書かれたものの翻刻。元の本はWEB上で公開されています。
「江戸時代落書類聚」惣目録、巻1~14、16~36巻(1915)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2608441
「江戸時代落書類聚残編. 巻1~5」(1915)http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2607331
資料3『江戸第7巻詩歌・随筆編』大久保利謙/編輯(立体社1982)p.385-422矢島隆教「落書類聚」(大正時代の雑誌の復刻より。落首中心に一部連載したもの)
資料4『落書日本史』紀田順一郎/著(三一書房1967)
資料5『日本人の諷刺精神落書とその時代背景』紀田順一郎/著(蝸牛社1980.12)(資料4の増訂新版)
資料6『東京の歴史』樋口清之/著(弥生書房1961)p.51~63「落書・落首」
資料7『巷談江戸と東京3』樋口清之/[著](芳賀書店1976)p.160~168「落書・落首」
資料8『日本随筆大成続別巻5(近世風俗見聞集5)』森銑三、北川博邦/監修(吉川弘文館1982.6)p.329~444「享保世話」
資料9『日本随筆大成続別巻1(近世風俗見聞集1)』森銑三、北川博邦/監修(吉川弘文館1982.6)p.69~360「元文世説雑録」
資料10『定本武江年表上』、『〃中』、『〃下』[斎藤月岑/著]、今井金吾/校訂(筑摩書房2003.10、2003.12、2004.2)『下』内「索引」p.312落書
資料11『吉宗と享保の改革』(教養の日本史)大石学/著(東京堂出版1995.9)
資料12『徳川吉宗と江戸の改革』大石慎三郎/[著](講談社1995.9)
資料13『規制緩和に挑んだ「名君」徳川宗春の生涯』大石学/編(小学館1996.11)
資料14『徳川宗春<江戸>を超えた先見力』北川宥智/著(風媒社2013.12)
資料15『徳川宗春』(新装改訂版)矢頭純/著(海越出版社1994.4)
資料16『近世名古屋享元絵巻の世界』林董一/編(清文堂出版2007.7)
資料17『『ゆめのあと』諸本考』安田文吉/著(名古屋市教育委員会1978.3)
資料18『新修名古屋市史第3巻』新修名古屋市史編集委員会/編集(名古屋市1999.3)p.205~280「第四章「享元絵巻」の世界」
資料19『名古屋叢書[正編]索引』、『〃続編索引』、『〃3編総目録・索引』名古屋市蓬左文庫/編集(名古屋市教育委員会1978.1、1972.3、1990)
資料20『落首がえぐる江戸の世相』秋道博一/著(文芸社2002.4)所蔵なし

 お待たせしてしまった上に、出典が判明せず申し訳ありません。
 以上、よろしくお願いいたします。

◎海音寺潮五郎蔵書
 Googleで「天下、町人に似たり」を検索すると「宗春行状記」「日本名城伝」など海音寺潮五郎作品が上位にある。小説「吉宗と宗春」にもこの落書は登場する。そこで氏の出身地の鹿児島県図書館にも問い合わせてみた。
 すると、海音寺潮五郎氏から寄贈された江戸時代関連の蔵書リストが送られてきた。一々調べられないのでそちらで調べてくれ、ということだろう。氏の死後に刊行されたものもあるので逐次増やされているのかもしれない。現在、鹿児島県図書館には海音寺潮五郎コーナーがあり、氏の蔵書の一部が展示されているようだが、蔵書リストは公開されていないようだ。例の落書の出典を探る上でこのリストは一応役立ったから、海音寺潮五郎研究者のためにもリスト(PDF)は下の画像にリンクしておく。

海音寺潮五郎蔵書リストpdf

◎三田村鳶魚作品は参考書
 海音寺氏が参考にしたのはリストにある「徳川の家督争ひ」の「楯をついた宗春卿」だと思われる。三田村氏もやはり出典を記していない。
 三田村氏は、しっかりと年号を明記しているにもかかわらず都合で時間軸を捻じ曲げている。例えば、安財数馬による吉宗暗殺未遂の顛末がそうだ。以下に順に抜き書きする。

「継友の御小姓であつた安財数馬という者がありました」
「継友は…享保十五年十一月に亡くなつてしまひました。ところがその亡くなつたあとで、御小姓の安財数馬が御鉄砲を一挺盗み出して脱藩した」
「八代将軍の日光御社参といふのは、享保十三年四月十三日に江戸を立つて…」
「松崎山といふ山なのですが、その中に数馬が潜伏して居りました」

 数馬はタイムマシンを使って過去に戻ったのだろうか?
 尾張家中には安財という家はない。徳川実紀にも狙撃の記録もない。全くの作り話だ。
 史料の裏付けのない寄せ集めの奇人宗春を伝えた面白おかしい読み物になっているのだが、そこには残念ながら人間宗春は描かれていない。ただ、噂話の羅列で常識では理解できない奇異な殿さま像があるだけだ。この狙撃事件をはじめ多くのネタを三田村本に拠っている海音寺氏の「吉宗と宗春」も理解不能な奇異な宗春像を再生産となっている。(さすがに年の矛盾には気付いたようで継友の頃の出来事として書かれている)
 放蕩を尽くして将軍の命を狙い、吉宗との闘いに敗れて蟄居を喰らった馬鹿者という宗春像は、勝者側の侍の酒飲話を集めた夜話とか燭談といった面白おかしく尾鰭を付けた噂話によるところが多いのだろう。宗春が著したことが確かな「温知政要」を読めば、命を狙うわけがないことはすぐに分かる。
 「宗春躍如」の参考文献リストに三田村鳶魚『江戸ばなし』第一巻とあるのは冒頭の落書を引用しているからだ。筆者としては、あくまでも史料を元に宗春の奇異に見えた振舞いの理由に迫ったつもりだ。果たしてそこには現代人なら理解可能な一本筋の通った人間宗春が実像があった。

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